伝統工芸ナビ

銅器・漆器・焼物・・・大好き!

岐阜提灯9月 16

岐阜の伝統工芸品、岐阜提灯のご紹介です。
岐阜提灯は、産地岐阜の名から称ばれるようになりました。
昔から良質の和紙や竹の産地は美濃の国とされており、これらの集散地である岐阜の町に紙と竹を原料とする提灯と和傘の手工芸が発達した。
このような諸条件から、優秀な産地となり、岐阜だけに伝わる特殊技巧で無形文化財的な工匠の手によって岐阜提灯は造り出され、今日まで受け継がれてきた。
岐阜提灯の発祥については、慶長年間に創造され、「岐阜志略」に、土岐成瀬の時に起こったと掲げてあり、徳川三代将軍の時に初めて幕府に献じたと記されている。その後も尾州家代々のお買上げを受け、更に天明の頃には奉行黒田六一郎を通じ将軍家、大奥からも御用があったとされている。
岐阜提灯は幕府への献上品だけでなく、一般社会にも流布されていましたが、高級品だったためか、大量に地方へ移出するほど生産されていなかったようです。このように明治になるまで、岐阜提灯の生産はそれほど多くなく、経済や交通の発展していない時代でもあり、全国に流布されていたとは考えられません。
岐阜提灯が脚光を浴びるようになったのは、明治十一年十月、明治天皇が東海北陸地方巡幸の際、西本願寺岐阜別院にお泊りになった折、岐阜県の主要産品の一つとして岐阜提灯を天覧に供したところ、陛下のお目にとまるという光栄に浴したのでした。
このことから、岐阜提灯の名は全国へ広く知れ渡ることとなったそうです。

岐阜提灯の特徴は、形が清楚で、細工が精巧。
火袋には優雅で秀麗な彩色絵が施されています。骨になる竹ひごは細く、紙は極めて薄く、花鳥、風景、人物等の絵が描かれています。形は球形か卵型をしている。その上品な仕上がりと芸術性豊かな製品は、日本一の評価を誇っています。

P.S話しは変わりますが、岐阜県の友人で婚活ブログを書いている人がいます。
結婚を真剣に考えていて、医者と合コンしたりしているみたいです。
おもに婚活場所は、エクシオ。エクシオの評判を参考に参加する事に決めたようです。
岐阜で素敵な人と巡り逢えたらいいですね。

南部鉄瓶4月 1

岩手の伝統工芸品、「南部鉄瓶」のご紹介です。南部鉄器(なんぶてっき)は、岩手県盛岡市、奥州市で作られる鉄器のことで、1975年には伝統工芸品に指定されています。その中でも有名なのが「鉄瓶」です。びんと言っても、普通のビンではなく急須の形をした鉄器のことです。

歴史は古く17世紀前半にまで遡り、ルーツは京都だそうです。藩の庇護のもと発展を続けましたが、明治維新により藩の後ろだてを失い徐々に斜陽になっていったようです。しかし明治中ごろの鉄道の開通で販路が広がったこと、大正時代に「南部鋳金研究所」が開設されたことで人材育成も進んだことが復興につながりました。

その後、第二次大戦中は戦時体制により「銑鉄物製造制限規則」が施行、軍需関連品以外の製造が禁止されました。このことで急速に南部地域での鋳物の鋳造は衰退、終戦後はアルミニウム製品に押されて需要は減り、南部鉄器はその役割を終えていきました。
しかし、1975年の伝統工芸品に指定され、地域の工芸品として全国に認識されています。

P.S.東北地方の話とはうってかわって、沖縄でシュノーケルを子供と体験する話をしましょう。沖縄の青く透き通った海、抜けるような白いビーチで親子で楽しむシュノーケリングは最高です。ダイビングと違って、ライセンスも必要ないので子供と一緒に沖縄の海を楽しむのには最適だと思いますよ!
今年の夏はぜひ、家族みんなで沖縄の海でシュノーケリングを楽しんでみてはいかがでしょうか。

五箇山和紙3月 9

「世界遺産」として知られる白川郷・五箇山の合掌造り。富山県五箇山地方は平家落人の里として、古くから都の文化が伝えられていました。伝統工芸として残る「五箇山和紙」もそのひとつです。

江戸時代、五箇山平(たいら)地域で作った中折紙が加賀藩二代藩主前田利長に贈られたという記録が残っています。以来、五箇山和紙は加賀百万石の手厚い保護を受けながら発展していき、良質和紙の産地として今日にまで至っています。山里の自然が育んだ都の文化の名残り「五箇山和紙」は、八尾和紙、蛭谷和紙とともに「越中和紙」の名で国の伝統的工芸品に指定されています。

P.S.話は変わりますが、頭痛の治し方はみなさんどうしていらっしゃるでしょうか。ひとそれぞれ自分なりの方法があるかと思います。人によっては、頭痛薬(鎮痛剤)が手放せない、とか、こめかみを押さえる、とか、すぐに寝る・・・など。しかし、子どもの頭痛の場合には少し事情が違ってきます。

子どもの頭痛の場合、頭痛の症状は何か他の病気から付随して発生していることが多いので注意が必要です。頭痛薬や対処療法で過ごしていると重大な病気を早期発見することができなくなるかもしれません。子どもが頭痛を訴えた場合には、すぐに小児科の医師に相談しましょう。

大人の頭痛と子どもの頭痛では症状もさることながら、裏に潜む病気の種類も違うのだということを認識しておきましょう。簡単に鎮痛剤を与えたり、放置しておくことのないように注意してください。前途ある子どもの病気は早期発見・早期治療が基本ですよ。

越前焼12月 18

「越前焼」は陶磁研究家の小山富士夫氏、水野九右衛門氏等の古窯の発掘調査や研究により、その歴史が解明されました。
瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前とともに日本六古窯の一つに数えられています。
今から850年前の平安時代末期に越前町小曽原(旧宮崎村)の丘陸に最初の窯が築かれたのが、越前焼の始まりと言われています。
この窯の構造や焼かれた壷、甕、すり鉢などの特徴から、東海地方からこの地までやってきた陶工集団が初期の越前焼の生産をしたと思われます。

その後、越前町(旧宮崎村・織田町)の丘陵各地に窯を築いて発展していきましたが、室町時代後期になると、長さ25m以上の巨大な窯を大釜屋と呼ばれる平等村(現越前町織田)の集落から少し離れた丘陵の1ヶ所に集めて大生産基地を作りあげました。
この丘陵で焼かれた越前焼は、主に北海道から島根県までの日本海沿岸に住む人々に広がっていきました。

しかし、江戸時代中期になると、窯は平等村の集落近くへ移り、生産量も縮小して行きました。
当時の古文書によると、平等村の人々は薪や瓶土(べと)と呼ぶ粘土といった燃料を集めるのに大変苦労していたことが伺えます。
明治になると信楽や瀬戸・九谷などの焼き物の先進地から陶工を招いて食器や花瓶作りなどを始めました。

福井・石川・富山は北陸三県とひとくくりにされることが多いですが、富山の人間は福井のことになると少し無知な気がします。
中学受験の論理エンジンなどできちんと論理力をつけて、家庭教師の協力を得て勉強することが必要だと思います。

加賀繍10月 9

加賀繍は、金糸や銀糸、絹糸、を使って巧みに作り上げる刺繍です。
加賀繍の特徴は立体感のある図柄を浮かび上がらせている点で、みる人の心を魅了します。
その技術はとても繊細で、ひと針ひと針丹精込めてにつくりあげられています。

用途としては、着物や帯、装飾品などに施されています。

加賀繍のは歴史は古く、室町時代初期に、京都より加賀地方へ伝来してきたもので、仏教の布教とともに僧侶のお袈裟、仏前の打敷などといった、装飾の技法として伝えられています。
それが藩政時代になると藩主の陣羽織や装飾品などに施されるようになり、そのあでやかさからか、藩主の奥方たちの着物にも施されるようになりました。
その後、 加賀藩の歴代藩主の『文化学問を重んじ奨励する』こころから、加賀繍は手厚く保護され、「加賀の友禅」や「加賀の金箔」と共に独自の発展をしてきたのです。

さすがは北陸の小京都金沢ですね。

この技術を駆使して石川県加賀繍協同組合は前田利家の正室『まつ』が繍いをされたと伝えられる利家の陣羽織を復元して話題を呼びました。
ちょうどそのころNHKの大河ドラマ『利家とまつ』が放映されたことと相まって、かなりの評判となったそうです。
金沢はその頃、「利家ブーム」のようなものが起きていましたね。
確かに唐沢さんと松嶋菜々子さんの『利家とまつ』は算数好きの私は歴史が苦手で、模試でもいつも足を引っ張っていた程でしたが、こういったドラマがあまり好きではない私でも、楽しく見ることができましたし、毎週欠かさず見ていました。
今思えば、こうして金沢に単身赴任することと何かゆかりがあったのだろうか。 

越中和紙9月 29

以前、越中和紙についてお話しましたが、今回も越中和紙についてお話したいと思います。
先日、9月27・28日に、富山県南砺市の五箇山にて和紙祭りがありました。

和紙の体験やお餅つき、その地区に伝わる太鼓の演奏、民謡などが披露されました。
たくさんの観光客でにぎわっていました。
私も甥っこと一緒にお祭りに行くことにしました。
初めての和紙すきの体験がすごくうれしかったのか、何度も和紙体験の話を聞かせてくれました。
初めて和紙で作ったハガキにお母さんあての手紙を書いていました。

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京都あぶらとり紙8月 8

京都と言えば屏風や着物、帯など京都の伝統工芸の副産物であることから、一般にはよく知られていませんでしたがあぶら取り紙は舞妓さん等の間では古くから化粧直しの道具として使われていました。
大正初期の頃からは映画、演劇役者等も頻繁に用い始めたことから口伝に広まり知る人ぞ知る道具として根強い人気を得ました。米粒大の金が打ち上げることで畳一枚分の大きさに広がるという金箔製造の世界。その際に金をはさみ込む裏打ち紙として用いた和紙が、のちに「あぶら取り紙」となりました。
この秘伝とも言えるあぶら取り紙を京都、金沢など本場の製箔者の協力を得て全国のお客様に愛用してもらえるように全国展開が広まっています。

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石川県輪島塗6月 27

石川県の輪島塗は厚手の木地が特徴の重きをおいた漆器です。
 特に微生物の死骸からなる珪藻土が「輪島地の粉」として輪島塗の大きな特徴になっています。
普通、漆工では桧のヘラを使って下地作業を行うのですが能登地方には桧が分布していないため、
代用材として同じヒノキ科のヒバ(アスナロ)をヘラに使っています。

今でこそ日本を代表するような有名な輪島塗ですが起源は新しく、江戸時代享保期頃より技術が確立して他の国へも販売されるようになりました。
また、同じ頃沈金が始まります。江戸時代文政期に入ってから蒔絵が輪島でおこなわれるようになりました。
輪島塗の歴史は思っていたよりも最近のものなんですね。

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加賀友禅の着物3月 31

加賀地方には約500年前から、梅染と呼ばれる加賀染めがありました。
天徳年間(1712年)に宮崎友禅斎が京都から金沢に移り、加賀友禅の形態が生まれたそうです。
「加賀五彩」といわれる臙脂、藍、黄土、草、古代紫などの色を基調にし、ぼかし技法を用いた古典的かつ写実的な絵模様は、一幅の絵として鑑賞できるほどの美しさです。

娘の訪問着を買いました。
嫁入り道具の一つです。
土地柄、結構着物を着る機会があります。
結婚の挨拶まわり、お祭りの花の時、結婚式、子供の入学式。。。。。
訪問着1つあれば、重宝です。

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金沢 金箔3月 28

金沢といえば、金箔が有名ですね。
16世紀後半に京都の箔打ちから移入されたものだとか。

箔は漆器、仏壇、織物、焼物等日本の伝統工芸品産業に欠かせない工芸材料で、金沢箔は現在国内生産の99%以上ろ占めているそう。

金箔は一言でいえば金の持つ粘着性を利用して1万分の1~2ミリという極限まで薄く打ち延ばしたもの。
その手作業の中に先達の独特の工夫があります。

仏壇などはまだ縁がありませんが、わたしがこちらに仕事でよく来るようになってからお世話になっているのが最高級の油とり紙です。

金箔は、圧延した純金の板を、特殊加工した和紙、いわゆる【箔打ち紙】の間にはさみ、千枚程を一束にして打ち延ばして作り上げるのですが、その箔打ち紙の紙質の良否が金箔の良否を大いに左右するそう。

金沢金箔打ち紙の使い終わったものは『ふるや紙』と呼び、昔から油とり紙として利用されていたそう。

結構気に入ってます。
お土産なんかにもいいですね。