伝統工芸ナビ

銅器・漆器・焼物・・・大好き!

八尾和紙11月 19

富山県の伝統工芸であるわしには、五箇山のほかに、八尾の和紙もあります。
八尾は、富山市の南部に位置する場所にあり、旧婦負郡に存在する、国指定の伝統工芸品に認められています。

八尾というと、おわら風の盆で有名ですね。

八尾は先にも述べたように、富山市の中でも南部に位置し、立山連峰が目の前に迫る場所にあります。
そのため、楮の木を山から採ってくるのにちょうどいい場所になるのかもしれません。
富山と言うと、やはり欠かせないのが、薬売りです。
この富山の薬売りが使用していたのが、八尾和紙です。
非常に丈夫な性質を持つ八尾和紙は、現在その性質を生かした現代にあった用途に用いられており、着実にその需要を伸ばしていると言えるでしょう。

先日、東京の整体に富山土産として八尾和紙の名仕入れをもって行ったところ、非常に喜ばれました。

世の中は、暗いニュースが増えています。
先日も放射線量うんぬんで、ガイガーカウンターの需要がますます増えそうですが、こういう時だからこそ、伝統工芸品などほっこりするものを手元に置いておくと和むと思います。

京都伝統工芸大学校4月 11

京都といえば日本の古き良き伝統を数多く残している場所ですよね。
そんな京都に伝統工芸大学校という学校があります。
この学校は伝統工芸技術の後継者育成を目指す日本で唯一の学校であり。、陶芸、彫刻、蒔絵といった10の工芸と、多くの専攻コースがあります。
経済産業省より法に基d機認定支援計画を受け、財団法人が支援、連携する教育機関になっています。

平成7年に開校し、専門分野の授業には京都の各業界から派遣された伝統工芸士などの職人が直接指導する教育方法を取っていて、とてもしっかりとした伝統工芸についての教育を受けることができます。
ただの美術や芸術系の大学では専門的な伝統工芸の技術を教えることはできません。そうした中伝統工芸の後継者のがげるのを危惧して、このような伝統工芸を学ぶ場所が作られました。
授業内容な専門技術の実習に力をおき、週5日の中3日が実習、1日がデザインの授業となっています。
ただ伝統工芸を学ぶのではなく、基本技術を何度も繰り返し反復することで、伝統工芸を作る仕事を卒業してもちゃんとやっていけるような授業内容になっています。
こうした学校に通う人も増え、日本のよき伝統文化を続けていってほしいですね。
この学校紹介をしているテレビのダビングを見ていましたが、生徒さんがとても真剣な目で伝統工芸を学んでいるのをみて、将来の職人さんになるためにも頑張ってほしいなと思いました。

沖縄の伝統工芸品1月 18

コールセンターに勤めている友人が先日沖縄に旅行に行って来たようです。
お正月の休みを利用してでの旅行だったようですが、専用サーバのことについて訪ねたときお土産をいただきました。
沖縄の伝統工芸品というのは素敵ですよね。日本の伝統工芸品の指定品目で一番多いのは京都というのはわかりますが、なんと沖縄はそれに次いで2位ということです。ちなみに、新潟も沖縄と同率2位だそうですよ。

沖縄の伝統工芸品で自分のお気に入りのものは、織物です。
種類が多く、技法や文様などとても様々なものがありますよね。中でも有名なものは芭蕉布であったり、朱里織などでしょうか。
このほかにも久米島むつぎ、八重山上布、与那国織といったも種類もあります。

そして紅型という沖縄の染物をしっているでしょうか。
紅型(びんがた)とは文様染めのことで、紅というのは単に赤い色をさすのではなく、色そのものの総称だそうです。
友人からこの染物のお財布をいただきました。みやびやかな美しさをもっているこの染物。とても気に入っています。

伝統工芸品の条件とは?9月 10

日本には、数多くの伝統工芸品があります。
織物や竹工品、金工品、染色品などその種類は様々です。
その中でも京都には、たくさんの伝統工芸品があります。
伝統工芸品と呼ばれるには、条件があります。
クラウドデータセンターに詳しい友人に教えてもらいました。
それでは、その伝統工芸品と呼ばれるにはどのような規定があるのか?調べてみましょう。

まずは、日常生活で利用されている事が条件です。
年に数回しか使わない場合でもこの日常生活に含み、冠婚葬祭や何かの行事で利用される場合のみでも日常生活に入ります。
伝統工芸品とは、長い期間にいろいろな人の手に触れたりまたは目に触れる事で使いやすくなります。

次に手作りであること。
伝統工芸品のすべてが手作りでなくてはいけないという事ではありませんが、基本は手作りである事が伝統工芸品の条件でもあります。

そして、100年以上の伝統があるということ。
伝統工芸品は、多くの人の手によって守られている物です。
多くの人が考えそして、改良してきて今の伝統工芸品があるのです。
また、天然自然の物を使って作られているということも条件の一つです。

伝統工芸品は、その地域特有の物です。
その地域が一丸となって伝統工芸品を作っている事が条件の一つでもあります。

観光に行くと、その土地の伝統工芸品を見れる事も多いでしょう。
その地域ならでは伝統工芸品。
あなたの家にある普段使っているものも伝統工芸品の一つかもしれませんよ。

伝統工芸の後継者問題7月 28

伝統工芸産業は未来に残していきたい日本の技術だと思います。
ですが、現在の日本では伝統工芸の後継ぎがいなかったりといったように衰退が問題になっています。

伝統工芸というのは師匠が弟子に技術を伝えていき続いているのですが、最近の若者は伝統工芸ではなく新しい業界に興味をもち、先祖代々続いている伝統工芸でも後を継がないなんてことが良くあります。
伝統工芸は長くつづいてきた技術ですので、その技術を習得するのに長い時間がかかります。
複雑な技巧が必要だからこそ、あの美術品としての美しさがあるのですが、それだけ習得するのは大変なものです。
あと後を継がない理由に、安定した仕事ではないため一定の収入がないということも後継ぎが減っている要因にもなっています。

そういった問題を解決するため、伝統工芸の産地の自治体の中には伝統工芸の公的な研修期間を設立するところも多くなってきたようです。
そして国が保護も行っている部分もあります。
日常生活で使われる工芸品であり、手工業であるもの。
原料、技術が100年以上受け継がれていて、一定の地域での産業となっているものは、伝統的工芸品産業の振興に関する法律というものがあり、地方自治体に毎年10億円以上の補助金が出ていると聞きました。

日本の伝統工芸品は素晴らしいものだと思います。
手間が掛けられている長い伝統から生み出された技術ですから、それだけの美しさがあるものです。
そんな伝統工芸品を絶やさないためにも、これからの伝統工芸の後継者不足問題には、もっと真剣に考えていかないとと思っています。
チラシの効果を知って、中には後継者を募集しているなんてところもあります。
やりがいのある仕事として伝統工芸品を未来に残していきたいですね。

オススメサイト→→コールセンターを探そう

陶芸教室2月 19

先日、陶芸教室に参加をしてきました。
この陶芸教室では、お茶碗やカップなど好きな物を作る事ができるんです。
早速、私は自分のお茶碗を造ってきました。
以外に簡単なんだろう~なんて思っていましたがけど、実際造るととても難しい・・・。
始めての方でも、きちんと陶芸の先生が指導をしてくれるのでとても助かりました。

その造り方を説明しましょう。
まずは、粘土の固まり(500グラムあるそうです)をもらいロクロに置き手の平でたたく事から始めました。
粘土の固まりの中心を親指で押しくぼみを付けた後、粘土の外側を緩めて行くのです。
このように全体を緩めながら、自分が作りたい形へと伸ばしていきます。
木の道具で内側を綺麗に整えた後に、針で水平に口を切り、切った所をなめらかにするのです。
そして、きり糸を使い(これが難しかった)ロクロから切り離すという流れになります。

ソフトボールくらいの粘土の固まりが、お皿やお茶碗などの形になるんですよ。
とても難しかったのですが、楽しかったですね。
今度、焼いた物を取りに行く予定にしています。
どんな作品に仕上がっているのかとても楽しみです。

岐阜提灯9月 16

岐阜の伝統工芸品、岐阜提灯のご紹介です。
岐阜提灯は、産地岐阜の名から称ばれるようになりました。
昔から良質の和紙や竹の産地は美濃の国とされており、これらの集散地である岐阜の町に紙と竹を原料とする提灯と和傘の手工芸が発達した。
このような諸条件から、優秀な産地となり、岐阜だけに伝わる特殊技巧で無形文化財的な工匠の手によって岐阜提灯は造り出され、今日まで受け継がれてきた。
岐阜提灯の発祥については、慶長年間に創造され、「岐阜志略」に、土岐成瀬の時に起こったと掲げてあり、徳川三代将軍の時に初めて幕府に献じたと記されている。その後も尾州家代々のお買上げを受け、更に天明の頃には奉行黒田六一郎を通じ将軍家、大奥からも御用があったとされている。
岐阜提灯は幕府への献上品だけでなく、一般社会にも流布されていましたが、高級品だったためか、大量に地方へ移出するほど生産されていなかったようです。このように明治になるまで、岐阜提灯の生産はそれほど多くなく、経済や交通の発展していない時代でもあり、全国に流布されていたとは考えられません。
岐阜提灯が脚光を浴びるようになったのは、明治十一年十月、明治天皇が東海北陸地方巡幸の際、西本願寺岐阜別院にお泊りになった折、岐阜県の主要産品の一つとして岐阜提灯を天覧に供したところ、陛下のお目にとまるという光栄に浴したのでした。
このことから、岐阜提灯の名は全国へ広く知れ渡ることとなったそうです。

岐阜提灯の特徴は、形が清楚で、細工が精巧。
火袋には優雅で秀麗な彩色絵が施されています。骨になる竹ひごは細く、紙は極めて薄く、花鳥、風景、人物等の絵が描かれています。形は球形か卵型をしている。その上品な仕上がりと芸術性豊かな製品は、日本一の評価を誇っています。

南部鉄瓶4月 1

岩手の伝統工芸品、「南部鉄瓶」のご紹介です。南部鉄器(なんぶてっき)は、岩手県盛岡市、奥州市で作られる鉄器のことで、1975年には伝統工芸品に指定されています。その中でも有名なのが「鉄瓶」です。びんと言っても、普通のビンではなく急須の形をした鉄器のことです。

歴史は古く17世紀前半にまで遡り、ルーツは京都だそうです。藩の庇護のもと発展を続けましたが、明治維新により藩の後ろだてを失い徐々に斜陽になっていったようです。しかし明治中ごろの鉄道の開通で販路が広がったこと、大正時代に「南部鋳金研究所」が開設されたことで人材育成も進んだことが復興につながりました。

その後、第二次大戦中は戦時体制により「銑鉄物製造制限規則」が施行、軍需関連品以外の製造が禁止されました。このことで急速に南部地域での鋳物の鋳造は衰退、終戦後はアルミニウム製品に押されて需要は減り、南部鉄器はその役割を終えていきました。
しかし、1975年の伝統工芸品に指定され、地域の工芸品として全国に認識されています。

P.S.東北地方の話とはうってかわって、沖縄でシュノーケルを子供と体験する話をしましょう。沖縄の青く透き通った海、抜けるような白いビーチで親子で楽しむシュノーケリングは最高です。ダイビングと違って、ライセンスも必要ないので子供と一緒に沖縄の海を楽しむのには最適だと思いますよ!
今年の夏はぜひ、家族みんなで沖縄の海でシュノーケリングを楽しんでみてはいかがでしょうか。

五箇山和紙3月 9

「世界遺産」として知られる白川郷・五箇山の合掌造り。富山県五箇山地方は平家落人の里として、古くから都の文化が伝えられていました。伝統工芸として残る「五箇山和紙」もそのひとつです。

江戸時代、五箇山平(たいら)地域で作った中折紙が加賀藩二代藩主前田利長に贈られたという記録が残っています。以来、五箇山和紙は加賀百万石の手厚い保護を受けながら発展していき、良質和紙の産地として今日にまで至っています。山里の自然が育んだ都の文化の名残り「五箇山和紙」は、八尾和紙、蛭谷和紙とともに「越中和紙」の名で国の伝統的工芸品に指定されています。

P.S.話は変わりますが、頭痛の治し方はみなさんどうしていらっしゃるでしょうか。ひとそれぞれ自分なりの方法があるかと思います。人によっては、頭痛薬(鎮痛剤)が手放せない、とか、こめかみを押さえる、とか、すぐに寝る・・・など。しかし、子どもの頭痛の場合には少し事情が違ってきます。

子どもの頭痛の場合、頭痛の症状は何か他の病気から付随して発生していることが多いので注意が必要です。頭痛薬や対処療法で過ごしていると重大な病気を早期発見することができなくなるかもしれません。子どもが頭痛を訴えた場合には、すぐに小児科の医師に相談しましょう。

大人の頭痛と子どもの頭痛では症状もさることながら、裏に潜む病気の種類も違うのだということを認識しておきましょう。簡単に鎮痛剤を与えたり、放置しておくことのないように注意してください。前途ある子どもの病気は早期発見・早期治療が基本ですよ。

越前焼12月 18

「越前焼」は陶磁研究家の小山富士夫氏、水野九右衛門氏等の古窯の発掘調査や研究により、その歴史が解明されました。
瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前とともに日本六古窯の一つに数えられています。
今から850年前の平安時代末期に越前町小曽原(旧宮崎村)の丘陸に最初の窯が築かれたのが、越前焼の始まりと言われています。
この窯の構造や焼かれた壷、甕、すり鉢などの特徴から、東海地方からこの地までやってきた陶工集団が初期の越前焼の生産をしたと思われます。

その後、越前町(旧宮崎村・織田町)の丘陵各地に窯を築いて発展していきましたが、室町時代後期になると、長さ25m以上の巨大な窯を大釜屋と呼ばれる平等村(現越前町織田)の集落から少し離れた丘陵の1ヶ所に集めて大生産基地を作りあげました。
この丘陵で焼かれた越前焼は、主に北海道から島根県までの日本海沿岸に住む人々に広がっていきました。

しかし、江戸時代中期になると、窯は平等村の集落近くへ移り、生産量も縮小して行きました。
当時の古文書によると、平等村の人々は薪や瓶土(べと)と呼ぶ粘土といった燃料を集めるのに大変苦労していたことが伺えます。
明治になると信楽や瀬戸・九谷などの焼き物の先進地から陶工を招いて食器や花瓶作りなどを始めました。

福井・石川・富山は北陸三県とひとくくりにされることが多いですが、富山の人間は福井のことになると少し無知な気がします。
中学受験の論理エンジンなどできちんと論理力をつけて、家庭教師の協力を得て勉強することが必要だと思います。